大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和53年(オ)1129号 判決 1980年1月24日

上告人

青木松助

右訴訟代理人

鈴木光春

井口寛二

被上告人

北見博之

右訴訟代理人

堀江達雄

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人鈴木光春、同井口寛二の上告理由一ないし三について

債務者が利息制限法所定の制限をこえて任意に金銭消費貸借上の利息・損害金の支払いを継続し、その制限超過部分を元本に充当すると、計算上元本が完済となつたとき、その後に支払われた金額は、債務が存在しないのにその弁済として支払われたものにほかならず、債務者において不当利得としてその返還を請求しうるものと解すべきことは、当裁判所の判例とするところであり(最高裁昭和四一年(オ)第一二八号同四三年一一月一三日大法廷判決・民集二二巻一二号二五二六頁)、また、債務者が利息制限法所定の制限をこえた利息・損害金を元本とともに任意に支払つた場合においても、その支払にあたり充当に関して特段の意思表示がないかぎり、右制限に従つた元利合計額をこえる支払額は、債務者において不当利得としてその返還を請求することができるものと解すべきことも、当裁判所の判例とするところである(最高裁昭和四四年(オ)第二八〇号同年一一月二五日第三小法廷判決・民集二三巻一一号二一三七頁)。原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、被上告人の不当利得返還請求権の発生を認めた原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はない。右違法のあることを前提とする所論違憲の主張は、その前提を欠く。論旨は、ひつきよう独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

同四、五、七、八について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づき若しくは原審において主張しなかつた事項について原判決を論難するものにすぎず、いずれも採用することができない。

同六について

商法五二二条の適用又は類推適用されるべき債権は商行為に属する法律行為から生じたもの又はこれに準ずるものでなければならないところ、利息制限法所定の制限をこえて支払われた利息・損害金についての不当利得返還請求権は、法律の規定によつて発生する債権であり、しかも、商事取引関係の迅速な解決のため短期消滅時効を定めた立法趣旨からみて、商行為によつて生じた債権に準ずるものと解することもできないから、その消滅時効の期間は民事上の一般債権として民法一六七条一項により一〇年と解するのが相当である。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官団藤重光、同中村治朗の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官団藤重光の反対意見は、次のとおりである。

わたくしは、中村裁判官の反対意見に同調する。

裁判官中村治朗の反対意見は、次のとおりである。

私は、上告理由六につき多数意見と見解を異にし、論旨を採用して原判決を破棄すべきものと考える。その理由は、次のとおりである。

商法五二二条本文の時効期間の規定が、商事取引関係の迅速な解決を図るため、商行為によつて生じた債権につき一般民事債権の場合に比し短期の消滅時効期間を定めたものであること、及び商行為に属する法律行為から直接生じた債権でなくても、なお右規定の趣旨にかんがみてこれに準ずべき債権とみられるものについては、同条の適用又は類推適用により商事債権として右短期の消滅時効期間に服するものと解すべきことについては、私も多数意見と全く見解を一にするものであり、多数意見と私見との違いは、多数意見が本件不当利得返還請求権は右の「準ずべき債権」にあたらないとするのに対し、私見はこれにあたると解する点にある。

本件不当利得返還請求権は、被上告人から借り受けた金員につき上告人に対して支払つた約定利息金及び元金のうち、利息制限法の適用上過払となる金額について、上告人が法律上の原因なくして利得したものとしてその返還を請求するというものである。そして上告人の主張によれば、被上告人は商人で、前記消費貸借契約は被上告人がその営業のために行つたものであり、同契約は附属的商行為にあたるというのであるから、問題は、商行為に属する契約の全部又は一部が無効であるため、右契約上の義務の履行としてされた給付による利得につき生ずる不当利得返還請求権を、時効期間の関係で、商行為によつて生じた債権に準ずべき債権と解すべきかどうかに帰着すると考えてよいと思われる(もつとも、利息制限法に違反する約定が反公序良俗性ないし強い違法性をもち、これに基づいてされた給付による利得の保持自体がこのような評価を受けるものであれば、また別の考慮を必要とするであろうが、利息制限法上過払となる金員の支払は、単に契約が一部無効であるため債務がないのにあるものとしてその履行がされたというにすぎないものと考えられるので、上記のように一般化して事を論ずれば足りると思う。)。

ところで、商事契約の解除による原状回復義務が商法五二二条の商事債務たる性質を有することは、当裁判所の判例とするところであるが(最高裁昭和三三年(オ)第五九九号同三五年一一月一日第三小法廷判決・民集一四巻一三号二七八一頁)、その趣旨は、契約解除による原状回復は、契約によつて生じた法律関係を清算するものとしていわばこれと裏腹をなすものであり、商事契約に基づく法律関係の早期結了の要請は、その解除に伴う既発生事態の清算関係についてもひとしく妥当するから、解除による原状回復義務についても、契約そのものに基づく本来の債務と同様商事債務としての消滅時効期間に服せしめるべきであるとするにあると考えられる。ところで、一般に、契約解除による原状回復は、契約上の義務の履行としてされた財務の移動につき、その後契約の解除によつてそれが法律上の原因を欠くこととなつたため、これによる利得を相互に返還せしめて契約の履行前の状態に復せしめようとするものであり、法律上の原因によらない利得の返還という点においては、右の原状回復義務は、本質的には不当利得返還義務にほかならないということができるのである。他方、不当利得返還の場合の中でも、契約上の義務の履行としてされた給付が右契約の無効等の理由により法律上の原因を欠くこととなり、その給付による利得につき不当利得返還義務が生ずるような場合には、契約の履行によつて生じた関係を清算するものである点において契約解除による原状回復の場合と全く選ぶところがない。そうすると、このような場合の不当利得の返還は、契約解除による原状回復と同じく、契約によつて生じた法律関係を清算するものとしてこれと裏腹をなし、右契約が商事契約である場合には、右の清算関係についても早期結了の要請がひとしく妥当するものということができるのであり、一が契約解除という法律行為を媒介として生ずる法律関係であり、他が法律行為を媒介としないで法律の規定から直接に生ずるそれであるということは、右の両者を異別に取り扱う合理的理由となるものではないというほかはないように思われる。私は、以上のような理由から、商事契約の無効等の理由によつて右契約に基づいてされた給付による利得につき不当利得返還請求権が生ずる場合には、右債権は、商事債権ないしはこれに準ずるものとして、商法五二二条所定の消滅時効期間に服すべきものと解するのが相当であると考えるものであり、これと異なる多数意見には賛同することができない。そして、原判決は、本件不当利得返還請求権につき、本件消費貸借が商行為であると否とに関係なく、一般民事債権としてその消滅時効期間を一〇年とし、上告人の時効の抗弁を排斥したものであるから、右は法令の解釈適用を誤つたものといわざるをえず、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点に関する論旨は理由があるものとして原判決を破棄し、更に審理を尽させるため、本件を原審に差し戻す旨の裁判をなすべきものと考える。

(団藤重光 藤崎萬里 本山亨 戸田弘 中村治朗)

上告代理人鈴木光春、同井口寛二の上告理由

一、原判決は、利息制限法第一条第二項の適用を誤つている。同法第一条第二項は、超過利息を任意に支払つた場合はその返還を請求できない旨規定する。この条文をそのままストレートに解釈すれば、最高裁判所昭和三九年一一月一八日の示した判決の如き、利息超過分の元本充当と言うような解釈は成りたたないし、また昭和四三年一一月一三日の判決(以下最高昭和四三年判決という)の如き不当利得としての返還を認める判決の出る余地もない。

しかし、これ等の判決の判断はこれ等の判決の出る下地のあつた事案であつたからこそ出されたものである。即ち、最高昭和四三年判決の事案は、所謂高利貸から金を借り、その高利の支払に窮して、建物を代物弁済として取られた事例であつた。しかし本件はこれと違う。上告人は高利貸ではない。資金に窮していた被上告人を救う為、上告人が頼まれて親切心から他より(これは高利貸であつた)借りて、それを被上告人に転貸してやつた事案である。後述するように、上告人には利得などはなく、被上告人から受取つた利息は、そのまま元貸人に渡されている。最高昭和四三年判決の基礎事実とはまつたく違つた事案である。右最高昭和四三年判決に対する判例解説で日本大学の石川利夫教授は、この点にふれ次のように言つていることは参考になる。

「おもうに、本件において単に元本充当後に過払額がなにがしかある程度なら、その返還請求というところまで一直線にいかなかつたのかもしれない。しかし、本件の事実は、五〇万円の元本につき、一年たらずで利息・損害金を八〇万円ちかく支払い、あげくのはて担保建物の所有権を代物弁済としてとられた上、更にその後も利息・損害金として二〇万円ちかくも支払わされたということである。この事態が、充当計算によつて元本債務が完済・消滅した後は、代物弁済もなく利息も損害金もありえないし、したがつて非債弁済・不当利得として返還請求を認めるという判決を生む契機になつたのであろう。判例の形成の基底には多くこういう事情が支配するのであろう(ジユリスト四三三号五四頁以下)。」

本件は右最高裁昭和四三年判決とは、まつたく異質な事案である。これにまで超過利息を元本の支払に充当する解釈をとるのは利息制限法第一条第二項の解釈を誤つたものと言わざるを得ない。

二、また、仮に最高昭和四三年判決の原則を踏えて、超過利息を元金の支払に充当するとの解釈をとつたとしても、右最高昭和四三年判決と本件とは、また事案が違う。即ち、右判決の事案は超過利息の支払途中のものであるが、本件は、利息も元本も総て当初の約束どおりに支払い終つた事案であり、支払終つてから九年九ケ月もたつてから、不当利得だ、返還せよと言つて来られたものである(この金銭消費貸借契約が成立した時点では最高裁判所の昭和三七年六月一三日判決により、超過利息の元金充当説が否定されていた時点でのことである)。

右の如き本件についてまで、最高昭和四三年判決の理論を適用する原判決は利息制限法第一条第二項の解釈を誤つたものであると言わざるを得ない。前記の石川利夫教授も本件のケースの如きものにまで最高昭和四三年判決の考え方を押し進めるものではあるまいと言つておられる。即ちジユリスト四三三号五四頁以下で、「制限超過利息の残存元本への充当が認められているという解釈がなりたつかぎり、解釈論理として必然に、充当計算をして元本が完済され消滅すれば、そこから生ずる利息損害金というものは存在しないはずで、その後に支払われたものは非債弁済となり不当利得の法理により返還請求が認められることは解釈としても一本道で、そう無理がない。そしてまた、そう解したからといつて全く一条二項の規定が廃棄されたことにまではならない。制限超過利息を元利とも同時に完済された場合は、当該制限超過利息の返還請求ができないことは変わりないからである。これらのことは、昭和二九年の立法当初にも意識されていて、『利息制限法第一条第二項が実際に問題となるのは元利金を支払つた後になつて、実はあの支払額は限度を超えた率を支払つたものであるということを理由として、債務者の方から返還の請求をすることができるかという場合に実益ある規定』だとされていた(衆議院法務委員会会議録二八号五頁・九頁参照)。本判決は、まさかそこまで返還請求容認の射程距離をのばす考えでいるわけでもあるまい。そうだとすると、実質的立法だということを、そう喧伝するには当らないと思う。」と言う。

三、以上の如く、最高昭和四三年判決は、本件の如き事案には該当しないと考えるが、これを誤つてこの判例理論をそのまま適用したと思われる原判決は、利息制限法第一条第二項を正面から否定するもので、一種の立法であり、これは日本国憲法第四一条に違反すること明らかである。

四、また不当利得返還請求の要件として、払うべき義務はないのだと言うことを知らずに弁済したことがあげられる。しかし本件をみると、高橋茂恵証言の中で、「元貸人は有名な高利貸であることは知つていた」旨が述べられており、これをみれば、商人であり、多くの事業や金の貸借をしていたことが証拠上認められる被上告人は、右元貸の借用条件と同一の条件で転借りしたのであるから、その利息制限法を超過したものであり、本来無効なものであることを知つていたことは充分うかがえるのである。

この前提にたてば、原判決の判断は民法第七〇五条の解釈を誤つたと言い得る。

五、また仮に本件にも、最高裁昭和四三年判決の判例理論が適用され、超過利息が元金の返済に充当されるとしても、前述の如く、上告人は、これ等の利息を自己のものとしたのではなく、そのまま元貸人に手渡し、何等の利得はしていないのである。この様な事例にまで民法第七〇三条を適用する原判決は誤りである。

六、また仮に、上告人に不当利得があつたとしても、この利得の返還請求権は消滅時効にかかつている。被上告人のこの借入行為は商行為であることは証拠上明らかであり、商行為に基づく不当利得は五年の時効にかかると判断するのが、商行為の時効を一般民事時効よりも短かくした法の精神である。最高裁判所の昭和五〇年二月二五日第三小法廷判決(民集二九巻二号一四三頁)にもそのことは現れている。即ち時効の問題は、形式にとらわれず、実体に則して処理すべきであると(ジユリスト六一五号九五頁)。

七、以上の原判決の法令違反は、いずれも判決に影響を及ぼすことが明らかである。

八、苦しい時、必要な時には、上告人を利用して金を工面させ立派にその急場を乗り切り事業を発展させた後、一〇年もたつて、上告人が重病で臥し、再起不能、もう利用価値がないと見てとつた被上告人から本件の如き請求をして来ることは、あまりにも信義に反するものと言わざるを得ない。

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